Wizardryライクなフリーゲーム「無限の迷宮」探索日記…
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Dungeon RPG
2007/08/17 (Fri)
フィリピンに出征していたという祖父をもつ孫の目から見た特攻隊。
すでに勝ち戦のかっこよいもんではなくなってからの話だけど…
千年後の再興か…
整備兵として特攻隊を見送ったこのじいさんが彼らから聞いた言葉「もうこの戦争は続けるべきではない。だが、アメリカのハワイ王家やアメリカ原住民への蛮行を見れば、このまま日本本土へアメリカ軍を上陸させるわけには行かない。この特攻が成功すれば勝てないまでも七分三分の講和が出来るだろう。」だから、逝ってくるよ。と。
当時すでにネイディブアメリカンやハワイ王家にアメリカがした蛮行を知っている日本人としては「何が何でも」という強硬手段しか選択できなかったろうな…
よくあの戦争は回避できたはずだという人もいる。確かに何か方法はあったかもしれないがまるで何の努力もしてないような言い方の人もいてそれはおかしいと。日本は結構戦争回避にがんばったと思うよと。
そういえば上であげたハワイ王家は1881年の世界一周旅行のとき日本に立ち寄り天皇家に秘密裏にこう直訴してきていた。
「このままではハワイはアメリカに占領され王家は消滅するだろう。そのまえに是非ハワイ王家を天皇家と親戚に、そしてハワイを日本国の傘下に加えて欲しい!つまり…合邦を提案したい!」
まだ明治時代のことだ。日本は当時ようやく富国強兵へのスタートにたったばかりで対米関係等からこの案を丁重にお断りするしかなかった…
もしこれを受けていたらアメリカからの猛反発は必至で大東亜戦争時よりはるかに弱い当時の状態で日本と欧米列強が戦争状態に陥っていたかもしれない…
日本は何度も何度も何度も何度も…挑発に耐え押し寄せる戦争か植民地化かの危機をなんとかギリギリで回避し続けてきているのだ。
昭和になってからはもういつ戦争になってもおかしくない状態だった。
まずはアメリカの排日移民法1924大正13。
そしてアメリカの阿呆のような保護貿易法、ホーリーストーム1930昭和5。イギリスの関税障壁1932昭和7。
日本は何も輸出できなくなった。こういう状況で切れて戦争になった例も過去たくさんある。だが日本はこれを何とか凌いでいった。
イギリスは日印通商条約の破棄1933昭和8。
さらにアメリカは明治44年から続いてきた通商航海条約を一方的に破棄1939昭和14。
アメリカカナダイギリスとその取り巻きは日本資産の凍結を宣言1941昭和16。
イギリス、日英通商航海条約を一方的に破棄1941昭和16。
もうこれで日本には石油もボーキサイトも鉄もゴムも…まあとにかくあらゆる工業製品やその原料が入ってこなくなった。満州もテロリストとその陰に隠れたアメリカの思惑でなかなか資源供給もおぼつかない。
いわゆるABCD包囲網だ。しかしこれも即座にぶちきれることもなく日本は各国の説得に奔走する。
ハルノート通告。日本は明治維新後にこつこつ獲得してきた対外既得権益の全てを無条件に破棄しろ(米英に差し出せ)というわけのわからんもの。しかも破棄すれば包囲網を解くとは一言も触れていない。奴隷になれといっているのだ。1941昭和16。
それに対して日本は「経済的な封鎖を解けば東アジアに進軍はしない(資源さえあればきみらの邪魔はしない。そもそも最初から邪魔する気は無いんだ、わかってくれ。)」という妥協案を提示するも無視される。
日本はすでに打つ手無しである。ほうっておけばあと半年で餓死する。条件を飲めば助けてくれる当ても無い米英にひざまづいて命乞いするか戦うかだ。アヘン戦争での清の没落、ネイディブアメリカンの方々やアボリジニの方々、ハワイ原住民の人々、東南アジアの人々への当時の米英のしうち、現状を見ている日本には日本国でいるためには戦う以外に選択はもう無かった。
日本は餓死する前に石油その他の資源をえる方法と国民に開戦を納得させるスローガンとして大東亜共栄圏を打ち出す。
建前を取っ払って言えば東南アジアの米英を追い払い東南アジア(大東亜)が各々独立国になり、アジアだけで経済が完結できれば米英が日本イジメをしても直接アジアから資源を買えばよい、売ればよいのでもう米英にへこへこしないで済むというもの。
そしてとりあえず当座はこれで進軍しながら欧米の資源をぶんどり、自転車操業でなんとか供給させて食いつなごうとしたわけだ。天皇陛下の名の下に全ての人類は平等というのは理想ではあったがとにかく資源が、今すぐに、欲しかった。まだ力が残っているうちに戦って奪わねばならなかった。
皇紀2601年、12月8日、日本はアメリカイギリスオランダに宣戦布告。
大東亜戦争突入1941昭和16。
国際連盟での人種差別撤廃条項を欧米に不当に棄却されたときからネチネチネチネチと22年間ものイジメに耐えに耐えた末の戦争である。今の価値観ではまさに鬼畜のような米英の所業だがべつに欧米が全部悪いとは言わない、当時はそれで当たり前の時代だったのだ。ただそんな時代の割には日本はよく耐えよくがんばったんじゃないかと。
それでも責めたい人は…もうしらん。
すでに勝ち戦のかっこよいもんではなくなってからの話だけど…
千年後の再興か…
整備兵として特攻隊を見送ったこのじいさんが彼らから聞いた言葉「もうこの戦争は続けるべきではない。だが、アメリカのハワイ王家やアメリカ原住民への蛮行を見れば、このまま日本本土へアメリカ軍を上陸させるわけには行かない。この特攻が成功すれば勝てないまでも七分三分の講和が出来るだろう。」だから、逝ってくるよ。と。
当時すでにネイディブアメリカンやハワイ王家にアメリカがした蛮行を知っている日本人としては「何が何でも」という強硬手段しか選択できなかったろうな…
よくあの戦争は回避できたはずだという人もいる。確かに何か方法はあったかもしれないがまるで何の努力もしてないような言い方の人もいてそれはおかしいと。日本は結構戦争回避にがんばったと思うよと。
そういえば上であげたハワイ王家は1881年の世界一周旅行のとき日本に立ち寄り天皇家に秘密裏にこう直訴してきていた。
「このままではハワイはアメリカに占領され王家は消滅するだろう。そのまえに是非ハワイ王家を天皇家と親戚に、そしてハワイを日本国の傘下に加えて欲しい!つまり…合邦を提案したい!」
まだ明治時代のことだ。日本は当時ようやく富国強兵へのスタートにたったばかりで対米関係等からこの案を丁重にお断りするしかなかった…
もしこれを受けていたらアメリカからの猛反発は必至で大東亜戦争時よりはるかに弱い当時の状態で日本と欧米列強が戦争状態に陥っていたかもしれない…
日本は何度も何度も何度も何度も…挑発に耐え押し寄せる戦争か植民地化かの危機をなんとかギリギリで回避し続けてきているのだ。
昭和になってからはもういつ戦争になってもおかしくない状態だった。
まずはアメリカの排日移民法1924大正13。
そしてアメリカの阿呆のような保護貿易法、ホーリーストーム1930昭和5。イギリスの関税障壁1932昭和7。
日本は何も輸出できなくなった。こういう状況で切れて戦争になった例も過去たくさんある。だが日本はこれを何とか凌いでいった。
イギリスは日印通商条約の破棄1933昭和8。
さらにアメリカは明治44年から続いてきた通商航海条約を一方的に破棄1939昭和14。
アメリカカナダイギリスとその取り巻きは日本資産の凍結を宣言1941昭和16。
イギリス、日英通商航海条約を一方的に破棄1941昭和16。
もうこれで日本には石油もボーキサイトも鉄もゴムも…まあとにかくあらゆる工業製品やその原料が入ってこなくなった。満州もテロリストとその陰に隠れたアメリカの思惑でなかなか資源供給もおぼつかない。
いわゆるABCD包囲網だ。しかしこれも即座にぶちきれることもなく日本は各国の説得に奔走する。
ハルノート通告。日本は明治維新後にこつこつ獲得してきた対外既得権益の全てを無条件に破棄しろ(米英に差し出せ)というわけのわからんもの。しかも破棄すれば包囲網を解くとは一言も触れていない。奴隷になれといっているのだ。1941昭和16。
それに対して日本は「経済的な封鎖を解けば東アジアに進軍はしない(資源さえあればきみらの邪魔はしない。そもそも最初から邪魔する気は無いんだ、わかってくれ。)」という妥協案を提示するも無視される。
日本はすでに打つ手無しである。ほうっておけばあと半年で餓死する。条件を飲めば助けてくれる当ても無い米英にひざまづいて命乞いするか戦うかだ。アヘン戦争での清の没落、ネイディブアメリカンの方々やアボリジニの方々、ハワイ原住民の人々、東南アジアの人々への当時の米英のしうち、現状を見ている日本には日本国でいるためには戦う以外に選択はもう無かった。
日本は餓死する前に石油その他の資源をえる方法と国民に開戦を納得させるスローガンとして大東亜共栄圏を打ち出す。
建前を取っ払って言えば東南アジアの米英を追い払い東南アジア(大東亜)が各々独立国になり、アジアだけで経済が完結できれば米英が日本イジメをしても直接アジアから資源を買えばよい、売ればよいのでもう米英にへこへこしないで済むというもの。
そしてとりあえず当座はこれで進軍しながら欧米の資源をぶんどり、自転車操業でなんとか供給させて食いつなごうとしたわけだ。天皇陛下の名の下に全ての人類は平等というのは理想ではあったがとにかく資源が、今すぐに、欲しかった。まだ力が残っているうちに戦って奪わねばならなかった。
皇紀2601年、12月8日、日本はアメリカイギリスオランダに宣戦布告。
大東亜戦争突入1941昭和16。
国際連盟での人種差別撤廃条項を欧米に不当に棄却されたときからネチネチネチネチと22年間ものイジメに耐えに耐えた末の戦争である。今の価値観ではまさに鬼畜のような米英の所業だがべつに欧米が全部悪いとは言わない、当時はそれで当たり前の時代だったのだ。ただそんな時代の割には日本はよく耐えよくがんばったんじゃないかと。
それでも責めたい人は…もうしらん。
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No Name Ninja (nnn)
自己紹介:
dungeon of infinity 無限の迷宮探索記録を中心にフリーのwizライクゲームなどをプレイしたり3DRPGCSのシナリオ造ったり…
注意:
基本的にネタバレ気にせず書いています。
まっさらな状態でプレイしたい場合は注意が必要です。
またネタバレでありながら、そのときそのときの私の主観で書かれている為、情報の正確さはゼロです。そのあたりご了承願います。
情報の間違いが判明しても特に修正もしません。
先週はこの道を右が正解と書いておきながら、来週は左が正解の道だとしれっと書いていることでしょう。
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